2020年5月13日水曜日

桑園(第1回)

桑園(第1回)
第000009号(泰永07年本紙第0003号)
掲載 泰永07年05月13日

○なんで留年したんですか?
 私はヘンリー氏と全然仲良くもないのですが、なぜ留年したのか気になって朝も起きれません。まさか寝坊し電車乗り遅れて1コマ目をサボる、或いは課題もせずドラクエをプレイし提出日当日に私に課題の範囲を聞いたりすることなどしない人でしょうが今後後輩の糧になるよう回答していただければ幸いです。
泰永七年五月三日
回答(国王陛下)
 質問ありがとう。桑園第一回の最初の質問がこのように辛辣とは、全く想像していなかったが、如何なる質問にも誠実に回答するということを約しているので、ここは素直に答えようと思う。
 まず、朕が留年した理由だが、これはただ一つ、勉強しなかったからである。後期定期試験期間、朕は、「ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて S」に大層はまってしまった。これは、否定できない事実である。この間、朕は学問ではなく、世界を救うことに邁進していた。そして、朕は世界の平和と引き換えに、学年を失った。こういうわけである。
 それと、寝坊して電車に乗り遅れ、遅刻した挙げ句に一時限及び二時限を欠課したということだが、これも何度も行ったことである。このようなことは、絶対に慎まなければならないであろう。
 さて、後輩改め同輩諸君は、このようなことをせず、課題の範囲は、常に事前に把握して、学問に勤しむべきである。再び、朕のような愚かなる者が生まれないことを切に希望する。
泰永七年五月十二日

○なんでたいすけが国王なんですか?
 なんでたいすけがずっと国王であり続けるんですか??たいすけが死んだら子供が国王になるんですか?
泰永七年五月四日
回答(国王陛下)
 質問ありがとう。だが、愚問である。泰佑共和国の前身たる泰佑帝国を新儀元年(キリスト紀元二千十一年)に建国したのは、まぎれもなく朕である。ゆえに、朕が国王なのだ。このようにしか回答できない。しかし、これで質問に回答したことにはならないだろうから、少しわが国の法令について話をしようと思う。
 泰佑共和国第二憲法第九条は、「国王は、泰佑共和国の元首であり、泰佑共和国の象徴且つ泰佑共和国民統合の象徴であって、この地位は、主権の行使を決する国民の総意に基づく。」と定めている。つまり、国王は、国民が望む限り、その国の元首としての地位にあり続けることになる。
 また、王位の継承だが、泰佑共和国第二憲法では、第十条で「王位は、世襲のものであって、王室典範の定めるところにより、王統に属する男子が継承する。」と定めている。王室典範では、第二条で王位継承について定めており、その順序を「王長子、王長孫、王長子の子孫、王次子及びその子孫、王兄弟及びその子孫、王伯叔及びその子孫、それ以上で最近親の王族」としている。
 すなわち、国民が望む限り、朕は国王であり続けるし、もし朕が崩じれば、わが息子がその王位を継承することになる。しかし、現在朕に子はない。早く、子に恵まれることを願っている。
泰永七年五月十二日

○建国の神話が知りたいです
 国には建国の伝説があり、私の住む国、日本は神武天皇が中国は始皇帝が建国したと言われていますが、泰佑共和国はどのように建国されたのでしょうか。
泰永七年五月四日
回答(国王陛下)
 質問ありがとう。泰佑共和国には、「建国伝」という神話がある。だが、これを神話と言ってしまうと、わが体制に正当性が得られなくなるため、神話ではなく、実話と称したい。この建国伝は、主な章として「現界の創造」、「天地国の肇国」、「同伊団の結団」、「人国の肇国」、「クゲンザネラ」、「要都選定」、「建国式典」が挙げられる。これらの章について、一つずつ解説していく。また、この建国伝は、現在鋭意執筆中である。いつの日かこれが完成したときは、国民の目に知らしめたい。
現界の創造
 鈴木家初代当主の鈴木斎兵衛は、故界日本国において百姓代としてその人生を歩まれていた。初代当主がお隠れあそばされた後、その魂は新たなる世界の創造に燃える。結果として、現界(故界のパラレル・ワールド)を創造なされる。まだ、初代当主しかおられない時代であった。
天地国の肇国
 その後、鈴木家第二代から第十五代までの当主は、お隠れあそばされる度に、初代が創造された現界へ向かわれ、そこで生活されるようになった。しかし、第十三代の当主が現界にお成りになったとき、初代当主がこれの生前の行為について咎められる。これに不満を持たれた第十三代当主は、その後、他の当主たちと対立するようになられる。
 第十四代当主がお隠れになり、現界へお成りになると、この混乱を鎮めるには、初代当主が治められる国と第二代以下私に至るまでの当主が治める国とに分けるしかないと仰せになられる。こうして、天帝(あめのみかど・初代当主)がお治めになる天国(あめのくに)と地帝(つちのみかど・第二代から第十四代当主)がお治めになる地国が肇められた。なお、第十五代当主もお隠れあそばされた後に地帝となられている。
同伊団の結団
 第十七代当主の鈴木泰佑は、お生まれになってからというもの、理想的な国を肇められることを夢見ていた。日ごとにその思いは強くなられ、ついに同級たちを説き伏せて、同伊団を結団し、故界を飛び出して新たな世界に旅立つこと決意される。
 故界を飛び出されると、すぐに天地帝(あめつちのみかど・天帝と地帝の総称)によって現界へ誘われ、そこに至る。
人国の肇国
 第十七代当主は、天帝に自らの創造したい国について熱弁される。心打たれた天帝は、地帝と合議して、新たに人国(ひとのくに)を創造し、これの支配を第十七代当主以下その子孫に任せることをお決めになられる。こうして、人国が肇められた。このとき、第十七代当主は、天帝から理想的国家を建てるまでの名として現志の名を賜る。
クゲンザネラ
 人国に船でお成りになり、島に降りられた現志は、そのそばにあった高台に登られて旗を大地に刺された。これが、今の鈴佑島である。その晩は、宴が催された。
 明朝、この島を理想的国家の本島とすることをお決めになられた現志は、その都を定めなければならないと仰せになり、島中を旅することが決定された。この日々の安寧を願って、現志はクゲンザネラという儀式を行われた。天地帝の力をその身に宿されたのである。
要都選定
 都の候補として挙げられた六つの地区は、要都と呼ばれることになる。ここを巡られた現志は、六番目に訪れられた六要地区を国都とすることを定められた。
建国式典
 新儀元年四月十日、六要州に設けられた六要宮殿及び六要大神殿で建国式典が挙行され、泰佑共和国の前身たる泰佑帝国が建国された。
泰永七年五月十二日

○侵略の意図は無い
 徴兵法と予備の人的資源
 工場数
 地域ごとのインフラレベル及び地形
 師団数と構成内容
 海軍艦艇数と空軍戦力
泰永七年五月四日
回答(国王陛下)
 質問ありがとう。しかし、これに答えることは、朕の行えることではない。内閣とも相談して、後日、しかるべき人間に回答させることにしたい。
泰永七年五月十二日

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